3分、4分  ←なんと読む?

    こんにちは、シュンゾーです。

    以前の投稿でシュンゾーは、最近の日本語のゆらぎについて述べました。

    「ゆらぎ」と婉曲に言っておりますが、もっと直截的に「誤用」と言いたいところですが、言葉という
    ものは移ろいゆくもの、という考えもありますし、それも事実だと思いますので、「ゆらぎ」にします。

    シュンゾーは、クルマの運転を仕事にしている訳ではありませんが、運転を仕事とする人以外の中で
    は、かなりクルマの運転をする方だと思います。

    日頃の運転時、ほとんどFMラジオを聞いております。

    シュンゾーの好みの番組は、音楽が多いものよりもパーソナリティによるトークが多いものです。

    パーソナリティやゲストの方々のトークを聞いていますと、いわゆる「ら抜き表現」は、もはや
    当たり前ですね。

    ら抜き表現の中でも、もっとも使用頻度が高いと思われるものは、「食べれる」、「見れる」でしょうか。

    シュンゾーはどうにも聞くに堪えないので、いつも「はい、食べられるのことね」とか、「そこは、
    見られるだろ!」とか、いつも言い直しております。

    仮に一人で運転していても、もう口に出すのが疲れますので、心の中にとどめております。

    以前の投稿でも書きましたが、敢えて「ら抜き」派の方々の言い分を考えて差し上げるとすると、
    可能と受け身で同じ助動詞を使う場合、「可能なのか受け身なのか」が分かりにくい、というのがある
    のかもしれません。

    例えば、「その写真見られるよ」と言ったら、「見ることができる」なのか「(他人に)見られる」のか
    がわからない、ということがあるのかもしれません。

    でもね、それは必ず文脈で分かる話ですからね。敢えて、文法を曲げて(ら抜き表現を使って)まで表す
    ことではありません。

    最近では、シュンゾーだけの肌感覚かも知れませんが、ら抜き表現の方が市民権を得ているのではない
    かと、大変気になります。

    NHKのアナウンサーが最後の砦かなぁと危惧しております。

    アナウンサーでも、民放の人たちは油断がなりませんからね。シュンゾーは受けたことがないですが、
    恐らくNHKのアナウンサーの教育プログラムは相当厳しいのでは、と想像いたします。

    さて、先日も申し上げましたが、ら抜き表現については、世間でも指摘する方が多い(もっとも、最近
    ではら抜きが市民権を得たのか、指摘が少なくなったように思います)ですが、気になるもう一つの
    ことがあります。

    そう、「3分、4分問題」です。

    これについて、実は以前にずい分ネットで検索をしたのですが、なかなかこのことを指摘する記事は
    見当たりませんでした。

    しかし、しかーし、つい先日次のようなネット上の記事を見つけました。

    神戸に本社のあるラジオ関西のホームページに掲載された記事です。

    https://jocr.jp/raditopi/2021/08/26/389228/

    「3分」 「4分」←正しく読めない若者が増えている? 調査してみた 半数以上が読めない世代も

    と、のっけからタイトルがシュンゾーの気になる点をズバリ突いてくれています。
    以下に記事の一部を引用させていただきます。

    世代ごとのアンケート結果、非常に興味深いものですので、是非上記のリンク先をご覧ください。

    なんと、10代の方々のほうが、20代、30代よりも「さんぷん」、「よんぷん」と正しく読める比率が高いのです。

    なるほど、「若い世代だから間違っている」とは限らないんですね。

    この記事の筆者の方は、示唆に富むことを最後に書いておられます。

    「日本語は、本来間違っていた表現や読み方であっても、時代によって正しくなる場合もあるのだとか。

    「さんふん」「よんふん」は正しくない読み方ですが、これが今後、認められることもあるかもしれません!


    ただ今は「ぷん」と読むように注意したいと思います。」

    シュンゾー、感動しました。シュンゾーと同じことを感じておられる人がいたんだぁ!と。

    これまで、シュンゾーは、「自分の問題意識、もしかすると間違っているのかな?」と思っていました。

    それは、いわゆる「ら抜き表現」問題よりも、「さんふん、よんふん」問題は、世間での話題に取り上げ
    られる度合いが低いと思っていたからです。

    しかし、ら抜き表現にせよ、さんふん、よんふん問題にせよ、「なんでそうなるの?」という考察は大事です。

    ら抜き表現については、上の方でも書きましたが、「可能と受け身の助動詞の形(=られる)が同じなの
    で、それを区別するためにら抜きが広がった」と推察することができます。

    「さんふん、よんふん」問題については、まだ定説めいたことが言われていませんが、先日の投稿にも
    記したように、シュンゾーの知人が述べている、「顎の力が弱って、半濁音が言いづらくなっている
    のでは?」という推論は一考に値するかも知れません。

    大学の日本語研究をされている先生方で、どなたか本件について考察をされている方がいらっしゃいませんか?

    さて、皆さんはどう思われるでしょうか?


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